創業の精神
私は、専業農家の六人兄弟の末っ子として生まれた。私が三歳の時に両親が共に結核にかかり、当時は不治の病と言われていたが、三年間の療養生活の後、無事退院。しかし、両親とも一級身体障害者となり、わずかな財産を売ったりしても治療 費や生活費などとても足りるものではなく、姉二人は親戚に預かっていただいたりしていた。
中学三年生になり、叔父の影響で建築の仕事に憧れを抱くようになったが、状況 を考えると進学させてとはとても言えなかった。ある日、担任の先生から、県立の定時制工業高校があると聞き、一条の光が見えてきたような感激を覚えた。高校時代はアルバイト先の社長のご理解により、朝八時から夕方四時三十分まで働き、 寮母さんにも食事面などで配慮をいただき、おかげで四年間で卒業した。それ以来、この建築の道一筋に生きてきたのである。
創業当初、バブルも弾け不況の最中で資本も無かったが、お客様の笑顔、そして 完成した時の達成感が忘れられなく、創業に至った。初めは自宅の一間で事務所を構えた。私と妻以外本当に何もない会社で、スコップ一つ買うところから始まった。そして、道具が一つ一つ揃うごとに「自分の会社である」という嬉しさが込み上げてきた。 初めての仕事らしい仕事は宅地の造成工事だった。160万の依頼だったが、今でも鮮明に覚えている。創業して二ヶ月間、何もなく時間が過ぎる中で、知り合いが心配して、まわしてくれた仕事だった。
お客様に喜んでもらえることと信じ、辛いこと、苦しいことを乗り越え完成した時の、お客様の笑顔、感動の表情が、私の何物にも変えがたい喜びである。 皆様に支えられ、助けられ、創業することができた。この原点を忘れないよう、 いつも肝に命じている。自分の力量をわきまえ、質素に誠実に、感謝の気持ちで。
「アサヒ技研工業」の社名は「技術を研究する」との想いで命名した。絶えず革新し、新しいものに挑戦し、社会の要望に応える。そんな会社で有り続けることが、 我が社の使命である。
平成10年3月
有限会社アサヒ技研工業 創業者 朝日山正人